CiRAニュースレターvol.22
2015年7月24日発行
八代 嘉美 准教授

ルールは誰が決めるもの? ~ ヒト胚に対するゲノム編集の議論を めぐって~

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少し前、中国で行われた「ゲノム編集」によるヒト胚の遺伝子組み換えが大きな話題になりました。報道をご覧になった方は、その行為が「倫理的に問題である」と書かれていたのをご記憶の方もいるでしょう。しかし、すでに「遺伝子操作」は、生命科学研究では欠くことのできないものというのに、なぜ新たに論争の的になったのでしょうか。端的に言えば「劇的に効率がよくなったから」です。これまでの遺伝子組み換えは、ゲノムが複製されるときに偶然おこる「相同組換え」頼みであり非常に効率が悪いものでした。しかしゲノム編集では目的の遺伝子の場所に直接働きかけ、その配列を置き換えることができます。

では、ゲノム編集をヒト胚に応用する問題点は何でしょうか。生まれてくるはずの子供がその技術に「同意」をしたわけでない、という点を挙げることもできれば、望む通りの遺伝的形質をもった「デザイナーベイビー」をつくることができる、という人もいます。また、今回の中国のグループはこうした議論が成熟していない隙間を突いた、ということを問題にすることもできるでしょう。

論文によれば、研究グループが用いたのは、不妊治療クリニックにおいて人工授精で作られた受精卵で、生まれることのできない遺伝的トラブルを持つものを用いたことからは、倫理的な問題を回避しようとする姿勢は理解できます。ただ、研究の結果としては、オフターゲット(標的以外)の部分の組み換えが大量に起こってしまい(実はこの点に関して疑問を持つ研究者も少なくありませんが)、結果として、技術的な観点からもゲノム編集をヒト胚に適用する困難さが示されました。

とはいえ、iPS細胞研究においても、ゲノム編集を用いて患者さんの変異遺伝子を正常なものに組み換えて戻す方法が研究されており、この技術は今後重要になることは間違いありません。すでに国際幹細胞学会(ISSCR)はゲノム編集を胚に適用することの性急さを指弾する声明を出していますが、国際的な約束事がどうなるかはまだ不透明です。実は、この技術の出発点となった重要な酵素は、1987年に大阪大学の中田篤男教授らが発見したもので、日本とは縁の深い技術です。そうした点を考えれば、今後は日本からも積極的に意見を発信し、議論をリードしていくくらいの矜持が必要なのかもしれません。

(文:八代嘉美上廣倫理研究部門准教授)

注1)ゲノム編集・・・ゲノムDNAを正確に切り貼りする技術。
注2)相同組換え・・・DNAの塩基配列がよく似た領域(相同部位)で起こる組換え。