CiRAニュースレターvol.29
2017年4月21日発行
藤田 みさお 准教授

悩ましいプラセボ対照試験

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想像してください。みなさんは患者さんとしてこれから新しい細胞医療の臨床試験*に参加します。担当者からは次の説明を受けました。

「みなさんには細胞医療を受けるグループと受けないグループに分かれていただきます。後者はプラセボグループと呼ばれ、どちらのグループに入るかはクジで決まります。プラセボグループには、細胞ではなく生理食塩水が投与されます。ただ見かけ上、どちらが投与されたのかは、あなたにも研究者にも分かりません。研究の終了後にお知らせします。最終的に両グループを比較し、安全性や効果の確認をします。」

こうした研究は「プラセボ対照試験」とも呼ばれ、科学的に手堅い結果を出すには最善の方法といわれています。クジを使うのは厳密な比較ができるよう、2つのグループの性質を均等にするためです。プラセボグループが必要なのは、細胞医療の安全性や効果を正確に評価するには、これを受けなかった場合と比較しなければならないからです。見かけも含め、誰がどちらのグループか分からないようにするのは、心配になったプラセボグループの参加者が独自に用意した薬を飲んだり、よい結果を出したい研究者が細胞医療を受けるグループだけ手厚くケアしたりすると、細胞医療による影響を純粋に評価することが難しくなるからです。

え?!プラセボグループなんていやだ、という方もいるでしょう。ただ、この時点ではまだ、細胞医療の方が安全で効果的という確証はありません。それを確認するのが研究だからです。しかし、新しい治療を待ち望む参加者に、明らかに効果の期待できないグループに入ってもらい、研究に伴う様々な負担をかけることが非常に悩ましいことも事実です。

そのため、プラセボ対照試験の実施には、諸説ありますが、いくつかの条件が求められています。参加者が研究内容を理解して同意していること、プラセボ対照試験を行う科学的必然性があること、試験期間中の治療中止等による深刻な害がプラセボグループに及ばないこと、有効性が確認できる統計的見込みがあること、ある程度研究が進んだ段階で実施すること等です。臨床試験は科学性の追求と参加者の保護というバランスの上に成り立っているのです。

(文・上廣倫理研究部門 藤田みさお)

*臨床試験:人を対象に新しい薬や治療法等の安全性や効果を科学的に評価すること。