CiRAニュースレターvol.44
2021年1月27日発行
井出 和希 助教

新型コロナウイルス感染症と論文を「審査する」営み

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研究者はその成果を学術論文としてまとめ、知見を社会と共有します。その際、論文の内容について詳しい他の専門家が審査をおこない、掲載の可否を決めたり、掲載を留保して修正を依頼したりします。この過程を「査読」と呼びます。ただし、査読を経て論文が出版されるまでには、数か月〜数年を要することもあり、迅速に知見を共有することが困難になることもあります。

「プレプリント」はこの問題に対処することができる一つの方法であり、審査を受ける前の段階で論文を公開し、知見を共有する営みです。その歴史は1960年代にはじまり、2019年に入ると医学系に特化した場も登場しました。そして、新型コロナウイルス感染症の拡がりは、この営みの良い面と悪い面を鮮明に描き出しました。

良い面は、知見を共有するまでの時間です。プレプリントはわずか数日で世の中に出ます。そのため、最新の知見を共有し、議論をする上で有用です。一方、悪い面として、審査を受けていない故の信頼性のばらつきや氾濫のしやすさが挙げられます。後者に注目した私たちの分析によると、新型コロナウイルス感染症にまつわるプレプリントは、9月末時点で16,000報以上出版されていました1。また、内容は、ウイルスのゲノム情報から検査、治療法、感染症の拡がりに関する調査など、多岐に渡っています。

もちろん、審査を受けたからといって学術論文の内容が信頼できるとは限りません。実際、新型コロナウイルス感染症に関連して、著名な医学誌に掲載された学術論文が相次いで撤回されるということも起こりました2,3

このような混乱は、私たちにただ尤もらしいことや権威を信じるのではなく、理路を冷静にみつめ思考・対話することを求めているように思われます。

(文・上廣倫理研究部門 井出 和希)

 

  1. Ide K, Koshiba H, Hawke P, Fujita M. Guidelines are  urgently needed for the use of preprints as a sources of information. J Epidemiol. 2020, in press (online ahead of print).
  2. Mehra MR, Desai SS, Kuy S, Henry TD, Patel AN. Cardiovascular disease, drug therapy, and mortality in COVID-19. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2007621. [Retracted]
  3. Mehra MR, Desai SS, Ruschitzka F, Patel AN. Hydroxychloroquine or chloroquine with or without a macrolide for treatment of COVID-19: a multinational registry analysis. Lancet. DOI: 10.1016/S0140-6736(20)31180-6. [Retracted]