CiRAニュースレターvol.45
2021年5月10日発行
鈴木 美香 研究員

対話ができるということ

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中学生向け出前授業と、小学生向けの「こどものための哲学」での経験から、安心して発言できる空間づくりの重要性にあらためて気がつきました。


上廣倫理研究部門では年に一度、中学生向けに出前授業の機会があります(昨年は遠隔での実施)。授業では、iPS細胞に関する科学的な基礎知識に加え、倫理的課題の代表例を紹介した上で、対話の時間を設けます。対話の課題は、「iPS細胞の作製に必要な血液を提供する立場」と「その血液を利用して研究する立場」を想像し、どんなことが気になるか、どんなことに配慮したらよいか考えるもの。なじみのない立場を想像する課題でしたが、班に分かれての対話を通じ「立場を変えて、多角的にものごとを考える」ことの重要性は伝わったようでした。しかし、班での対話がスムーズに進んだのは、学校生活という日常の中に、自分の意見を安心して発言できる環境が整っていたからではないかと思い至りました。

そんなとき、主に小学生を対象にした「こどものための哲学(Philosophy for Children:略称P4C)」を地域で実践するというので声をかけられ、ファシリテーターを引き受けました(こちらも遠隔での実施)。P4Cでは、子どもたちがそのとき話したいと思う「問い」を出し合い、多数決で一つの「問い」を選びます。子どもたちにとって「旬な問い」を、子どもたち自身が選ぶことに大きな意味があります。もう一つ大切なのが、安心して発言できる空間をつくること。そのための工夫がいくつもあります。一つは、コミュニティーボールです。このボールを持っている人に、発言する権利/しない権利、そして次の発言者を決める権利があります。ボールを持たない人はみな、静かに耳を傾けます。もう一つの工夫は、対話のルール。特に大事だと思うのは、「相手の意見を否定しない」というもの。自分の意見と異なる場合もまずは受け止め、「どうしてそう考えるのか」を共有します。

子どもたちは疑問や意見を素直に発し、他の子の返答に刺激を受け、さらに考えます。異なる意見やその理由を共有しながら、自分の意見が変わっていくことを楽しんでいるようでした。ボールを回し、対話を重ね、自分の言葉で表現することで、実感の伴う気づきがそこにはありました。

これらの体験からあらためて感じたこと、それは、多様な価値観を持つ人が安心して対話できる空間をつくり、否定ではなく理由を共有しながら思考を深めることの大切さです。そして、意見が異なることを前提とした対話を重ねることで、一人でなし得ないような解決策を模索していきたいということです。 らせん階段を一歩一歩登るように。

 

CiRAの正面玄関横に咲くねじばな。DNAのらせん構造を思い出すのは私だけ?

CiRAの4階と5階のオープンラボをつなぐのは、らせん階段です。

(文・鈴木 美香 上廣倫理研究部門特定研究員)