CiRAニュースレターvol.28
2017年1月31日発行
澤井 努 研究員

技術の利用を誰に認めるべきか?

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現在、国内外で、iPS細胞から配偶子(精子・卵子)を作製する研究が進められています(*)。この研究は、例えば、配偶子がつくられるメカニズムを解明したり、不妊や遺伝病の原因を究明したりするのに貢献できると期待されています。

2016年10月、九州大学の研究グループは、生体外でマウスの体細胞からつくったiPS細胞から卵子を作製することに成功したと報告しました。それまでは、マウスiPS細胞から配偶子のもとになる始原生殖細胞までは生体外で作製することが可能でしたが、そこから成熟した配偶子(ここでは卵子)を作製するためには、マウスの卵巣に移植する必要がありました。しかし、最新の研究成果では、始原生殖細胞を卵巣に移植する必要がなくなったのです。

上記の研究成果と同時期に、英国のある新聞が、世界保健機関(World Health Organization:WHO)は不妊の定義に関して新しい基準を導入する方針であると報じました。これまで不妊は、1年またはそれ以上にわたり定期的な性交渉で、子どもを持つことができないような場合と定義されてきました。しかし報道では、従来の男女間の生殖に限定せず、子どもを持つためのパートナーがいない、または子どもが欲しいにもかかわらずパートナーがいない場合も一律に不妊と見なすことを示唆したのです。後に、WHOは報道内容を否定し、上記の記事内容は誤認情報であったことが分かりました。

しかし、この報道は、まだまだ先のこととして議論されてきた「技術の利用を誰に認めるか」という問題が現実味を帯びてきたと感じさせるものでした。将来的にヒトiPS細胞から作製した配偶子を生殖補助技術として利用することができるようになった場合、技術の利用を不妊の男女カップルに限定するのか、あるいは“それ以外の人”にも認めるのかという問題が考えられるのです。“それ以外の人”には、例えば、同性愛カップルや独身者、また何らかの理由で生殖能力を失った人や高齢の女性などが含まれます。

将来、子どもを欲しいと思う全ての人の「子どもを持つ権利」は平等に扱われ、望めば誰もが(遺伝的につながりのある)子どもを持てるような世界が訪れるかもしれません。

前述の研究成果はマウスを用いた実験段階であるため、生殖補助技術として利用できるようになるにはまだまだ時間がかかるでしょう。しかし、こうした技術が生殖を目的として利用できるようになった場合、安全性やリスクの問題とは別に、いわゆる「不妊」の男女カップルに技術の利用を認めるのであれば、どの程度、“それ以外の人”にも利用を認めるのかを議論しておかなければなりません。

皆さんはどのように考えるでしょうか。*現在、日本の規制では、ヒトiPS細胞から配偶子(精子・卵子)を作製することは認められていますが、その配偶子を受精させることは認められていません。

(文・上廣倫理研究部門 澤井 努)