次世代の遺伝的介入(ゲノム編集やエピゲノム編集など)の是非を分析するための倫理的枠組みに関する論文がAmerican Journal of Bioethics誌に掲載されました。
赤塚京子特定研究員(京都大学CiRA上廣倫理研究部門)、本田充研究員(日本学術振興会 特別研究員PD/京都大学CiRA 櫻井研究室)、澤井努特定助教(京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点/京都大学CiRA上廣倫理研究部門・受入教員)は、次世代の遺伝的介入(ゲノム編集注1やエピゲノム編集注2など)の是非を分析するための倫理的枠組みを提案しました。
本研究成果は、2020年8月6日に米国生命倫理学術誌American Journal of Bioethics誌でオンライン公開されました。なお本稿は、同誌に掲載されたBryan Cwik氏のターゲット論文(「Revising, Correcting, and Transferring Genes」)に応答したコメンタリー論文です。
Cwik氏は、生殖細胞系列注3への遺伝的介入が方法、目的、対象の違いによって多様であるにもかかわらず、その是非が一括して論じられてきたことを指摘しました。そのうえで、既に想定されている遺伝的介入(ゲノム編集やミトコンドリア置換注4)を基に、生殖細胞系列への遺伝的介入を三つの種類に分類し、それらを四つの次元で分析する枠組みを提案しました。この枠組みは、生殖細胞系列への遺伝的介入全般に共通する倫理的課題と各介入に固有の倫理的課題を比較考量できるという利点があります。
これに対して本コメンタリー論文では、既に想定されている遺伝的介入だけでなく、将来的に想定されうる遺伝的介入も考慮した枠組みを提案しました。著者らが提案した枠組みを採用すれば、次世代のゲノム編集やエピゲノム編集も考慮しているという意味で、生殖細胞系列の遺伝的介入をより包括的かつ適切に分類し、それらに伴う倫理的課題を比較考量することができます。
筆者らは、現時点でいかなる生殖細胞系列への遺伝的介入も行うべきではないと考えています。しかし、生殖細胞系列への遺伝的介入にどのような課題が潜んでいるのかを明確にし、検討を重ねることは重要です。本コメンタリー論文で提案した、生殖細胞系列への遺伝的介入を倫理的に分析するための枠組みがそうした議論の一助になることを願っています。
<原論文情報>
論文名:Ethical framework for next-generation genome and epigenome editing
著 者:Kyoko Akatsuka, Mitsuru Sasaki-Honda, Tsutomu Sawai
掲載誌:American Journal of Bioethics
詳しくはこちら:CiRAホームページ
注1)ゲノム編集
細胞の中のゲノム(=一つの生物が持っている全ての遺伝情報)の狙ったDNA配列を書き換えるための技術で、これにより遺伝子の働きを調整・修正することができる。
注2)エピゲノム編集
ゲノムのDNA配列を変えることなく、遺伝子の働きを調整・修正するための技術。具体的には、遺伝子のスイッチのON/OFFの仕組みや、DNAのメチル化などを、狙った領域で調節する。
注3)生殖細胞系列
一般的には精子や卵子、それらの元となる生殖細胞すべての総称。本稿では便宜上、精子と卵子が受精してできた受精卵および胚も含む。これらに対して行った遺伝的介入の影響は次世代にも伝わっていく可能性があるという特徴がある。
注4)ミトコンドリア置換
ミトコンドリア病の母親の卵子から取り出した核DNAを、除核した健康な女性の卵子に移植すること。核移植後の卵子と父親の精子を体外受精させてできた受精卵を用いることで、ミトコンドリア病が子に遺伝するのを予防する。