日本で動物性集合胚研究の規制が大幅に緩和されたことに関する論文が「Cell Stem Cell」に掲載されました
1. 要旨
2. 研究成果
こうした状況の中、日本ではこれまで、「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(2000年)の下で制定された「特定胚の取扱いに関する指針」(2001年;2009年改正)に基づき、人に移植可能な臓器の作製を目的とした基礎研究に限定して、動物性集合胚の作製、および作製後14日間または原始線条注3の発現までの培養を認めてきました。しかし、2012年に開始した指針改正に向けた議論の末、研究目的を臓器移植だけでなく、疾患メカニズム研究や創薬なども含める形で、動物個体の産出が容認されることとなりました。ただ、今回の指針改正では、臓器移植は検討の対象となっていません。
今回の規制改正に先立ち日本では、動物性集合胚研究において人のような容姿や脳機能を持つ動物個体、またヒトの精子・卵子を持つ動物の交配による動物個体が誕生することを懸念し、そうした動物が誕生する可能性に関する科学的な検討を行いました。その結果、懸念されるような動物が誕生する可能性は極めて低いと結論し、その上で慎重を期して、研究者に研究計画の段階で懸念を回避するための措置を講じるよう求め、倫理審査委員会や国でもそうした措置を確認することとしました。また、ヒトの精子・卵子を持つ動物の交配や動物体内で作製された精子・卵子の受精については禁止しています。
近年、ヒトの細胞から成る脳やヒトの精子・卵子を動物体内で作製することの科学的必要性が指摘されています。今回の指針改正では、必ずしもヒトの細胞から成る脳やヒトの精子・卵子を持つ動物個体の産出が禁止されておらず、今後、科学的な合理性や必要性があり、上述の懸念を回避できる場合には、そうした研究が容認される可能性もあります。しかし、藤田教授らが2016年に実施した一般市民を対象にした意識調査では、6割以上の回答者が動物性集合胚を用いた動物個体の産出を支持した一方で(参照:CiRAプレスリリース2017年3月9日)、動物の脳や精子・卵子にヒトの細胞が含まれることへの懸念が大きいことも明らかになっています(参照:CiRAプレスリリース2017年7月20日)。このことから、今後、ヒトの細胞から成る脳やヒトの精子・卵子を持つ動物個体を産出する研究を進める場合には、一般市民も交えた社会的な議論が必要になると言えます。また今回の指針改正では、臓器移植は検討の対象外でしたが、今後の研究の進捗に応じて、臓器移植に伴う安全性リスクの評価や倫理的課題の検討も求められると考えます。
3. 論文名と著者
- 論文名
Japan significantly relaxes its human-animal chimeric embryo research regulations - ジャーナル名
Cell Stem Cell - 著者
Tsutomu Sawai, Taichi Hatta, and Misao Fujita
4. 本研究への支援
- 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金
- 公益財団法人上廣倫理財団
5. 用語説明
多細胞生物の個体発生過程において、受精卵が分裂を開始してある程度経った段階までの、ごく初期の段階にあるものを胚という。特に動物の胚に人の細胞(iPS細胞やES細胞など)を注入したものを動物性集合胚と呼んでいる。
注2) 胚盤胞補完法
遺伝子操作技術を用いて特定の臓器を欠損する胚(胚盤胞)を作製し、iPS細胞など多能性幹細胞を注入することで欠損臓器を補完する技術。
注3) 原始線条
胚の発生初期に現れる線条のことで、中胚葉や内胚葉など胚葉形成の開始の決定に関与する。