ガイドラインに答えはないんだな
新しい治療法を開発するときには、「初めて人に試す」段階が必ずある。例えばiPS細胞から治療に必要な細胞を作製し、患者さんに移植する時にも、「初めて」は存在する。この時の目的は治療としての「効果」をみることではなく、iPS細胞から作製した細胞の「安全性(副作用などが起きないか)」を確認することにある。
初めて人に試すような臨床研究は、多くの場合、10名ほどの患者さんを対象に実施する。あるとき、私たち倫理担当者の間で、こんなケースが話題になった。3番目に声をかけた患者さんに、「先に参加した2人の経過はどんな感じですか。その状況も踏まえて参加するかしないか決めたいので教えてください」と質問されたら、2人の経過を伝えるべきか。
意見は2つに割れた。「研究へ参加するかしないかは、十分な情報を提供した上で判断してもらう必要があるから、伝えるべきだ」、「中途半端な情報を知ることは、結果の確からしさに影響を与える可能性がある。最終的な結果が出てから伝えるべきだ」議論は平行線をたどり、「ガイドライン(倫理指針)」にはどう書いてあるか確認することになった。
「初めて人に試す」という臨床研究には、2つの特徴がある。第一に安全性に関する情報を得る目的の研究であり、治療的要素はほとんどないということ。第二に研究対象となる人にどんなリスクや影響が出るかわからない段階のため、考えられうるだけの配慮をしても予想外の事態が起きる可能性があるということ。
このような特徴に加えて、患者さんの気がかりや不安な点は一人ひとり異なる。ガイドラインは個別の事例を網羅していないし、仮にヒントとなる記載があっても、実際には、個々の患者さんの利益を軸に判断し対応する必要があるだろう。研究者は、「研究である」という第一の目的を達するために不可欠な「結果を得る」ためにはどうすべきかを常に考え、その上で、何が起こっても患者さんをきちんと診るという覚悟をもって研究に臨みたい。臨床研究が、目の前の患者さん、将来の患者さん、市民のそれぞれの何のために行うのかを考えることができれば、目の前の患者さんにどう対応すればよいか、その答えは、ガイドラインに頼らずとも見えてくるのではないか。
と、まるで自分が研究者になったかのように書いてみたが、私にできることは、研究者が「研究は、誰の、何のため?」と考えるきっかけを作ることくらいである。そのしかけを開発中だ。
(上廣倫理研究部門 鈴木美香 研究員)
イラスト:田中麻衣子