CiRAニュースレターvol.47
2021年10月28日発行
及川 正範 研究員

科学への信頼

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最近実施されたあるグローバル調査では、新型コロナ感染症によるパンデミック前と比べて、人々の科学に対する信頼度が向上したという結果が示されました(※)。

因果関係は明確でないものの、パンデミック対策への科学の寄与が一因となっている可能性が推測されます。感染症にかかるリスクは誰にでもあるため、治療薬やワクチンの開発が他人事でなくなっていることや、感染のおそれのあるなかで活動する医療従事者の姿を目にすることによって、科学の果たす役割を肌で感じたからなのかもしれません。多くの人にとっては、これほど科学が身近にある状況は経験したことがなかったのではないでしょうか。何らかのことを信頼できるのは、その背後にある意図が信頼するに値すると感じるからであり、今回のパンデミック下での科学の営みが、人々の目にはっきりと価値あるものに映ったのだろうと思います。

一方、ほとんどの人にとっては、これほどの見通しのよさを通常時の科学の営みに感じることはできないかもしれません。比較的社会と距離の近い医学・医療という分野であっても、大学や研究所で行われている研究はなんだかよくわからない、というのが普通ではないでしょうか。よくわからないものに対して信頼してほしいと言われてもそれは難しいでしょう。特に医学研究は患者さんやボランティアの方々の善意によって成り立つ部分が大きいため、社会からの信頼が得られなければ実施することさえ叶わなくなります。信頼を得るためには、できるかぎり透明性を高め、社会に対して開かれたコミュニティである必要があります。科学において社会との対話が重要であるとしばしば言われる所以です。

今号の特集「脳オルガノイドと生命倫理」でも対話の重要性が強調されました。対話は英語でdialogueですが、その語源は古典ギリシア語のδιά「〜の間で/いたるところで/とおして/交差して」+λέγειν「話す」にあります。相手に対して何かを伝えるというよりも、さまざまな人との間で言葉を交わし、お互いの考えに触れ、理解しようと努めるという意味が根底にあることがわかります。専門家の間だけでなく種々の社会層の中でそうした対話を積み重ねることによって、科学の進むべき道を決めていくことが科学への信頼に繋がっていくのだろうと思います。

 

(※)ステート・オブ・サイエンス・インデックス・サーベイ2021グローバル・リポート(3M)
https://www.3mcompany.jp/3M/ja_JP/state-of-science-index-survey-jp/

(文· 及川 正範 上廣倫理研究部門特定研究員)