CiRAニュースレターvol.52
2023年1月19日発行
三成 寿作 准教授

先端生命科学と社会との接点

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iPS細胞研究を筆頭に先端生命科学では、生命現象の解明やその医療への応用が進展しています。この取り組みでは、社会的信頼を構築していくために多様な人々と現状を共有しつつ、その倫理的・法的・社会的な意味合いを考慮することがしばしば求められます。この必要性に対して私たちはどのように向き合っていくべきでしょうか。 

先端生命科学の推進においては社会的規範が存在します。例えば、法律、行政や専門家集団の策定する倫理指針等があります。では、このような社会的規範の形成や改正、その運用において、多様な人々の参画はどの程度可能でしょうか。一般の人々に突然、iPS細胞や受精胚の用途の是非について意見を求めても当惑されるかもしれません。先端生命科学やその実用化が今後の社会において重要な役割を担うのであれば、子どもの頃から生命や生のあり方、また科学技術の意義や社会的含意についてもっと触れていく必要があると思います。加えて、子どもから高齢者までの様々な世代の人々が、一堂に会し考えや意見を交換できる場や仕組みを構築していくことが望ましいと思います。 

先端生命科学への社会的関与のあり方に関して、私自身は、近年、専門的言語のみに依らない表現の持つ力に注目しています。学術論文や学会、政府審議会等での専門的議論に加え、「詩」や「小説」、「絵本」、「映画」、「アート作品」等を介した社会的議論もまた、先端生命科学の営みや意味を認識し捉え直す上で大切であると思うからです。最近では、京都芸術大学のアート・コミュニケーション研究センターの方々と一緒に「対話型鑑賞」(※)という手法の可能性を追求しています。対話型鑑賞では、ファシリテーターの案内の下、子どもから大人までの多様な参画者が、アート作品(対象物)及びその背景や経緯について自らの考えを言語化するとともに、対話を通じて認識の仕方を学び合う体験ができます。現在は、生命倫理に関する議論の醸成に向け、私たちの細胞と生活、社会との連帯性を思索する手法を検討しています。 

禅の教えに、言語のみでは真理に到達できない意を指す「不立文字」(ふりゅうもんじ)という言葉があるそうです。専門的言語の使用は専門知を育み生かす上で大変重要ですが、特に社会的文脈ではその限界が目立つような気がします。どのような表現手法でも表現しきれないことは残るように思いますが、さらなる意思疎通のために様々な表現手法を探索する価値はあると感じています。今は、「芸術鑑賞」や「禅」等について熟慮された岡倉覚三(天心)の『茶の本』(The Book of Tea)を読み解いているところです。

(※) この手法は、1980年代後半にニューヨーク近代美術館(MoMA)において開発されたものでワークショップの形態を取ります。2022年8月には、対話型鑑賞の日本上陸30周年を機に、フォーラム「対話型鑑賞のこれまでとこれから」が東京国立博物館で開催されました。

対話型鑑賞に用いたアート作品(一例)
淺井裕介「physis」 越後妻有 大地の芸術祭 2022(作品の一部を筆者撮影)

(文· 三成 寿作 上廣倫理研究部門准教授)