脳オルガノイドの研究と臨床応用での倫理問題に関する論文がAJOB Neuroscience誌に掲載されました

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 澤井努 特定助教(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門・受入教員)、埼玉医科大学 林禅之 助教、神戸大学 新川拓哉 講師、理化学研究所 理研BDR-大塚製薬連携センター 坂口秀哉 上級研究員らの研究グループは、iPS/ES細胞由来の三次元脳組織(脳オルガノイド)を用いた研究と臨床応用において生じる倫理問題を明らかにしました。脳オルガノイドは神経発生を体外で再現できることから、疾患研究や再生医療への応用が期待されています。しかし、技術の進展に伴い、より複雑な構造を持つヒトの脳オルガノイドを作製した場合、それ自体が意識を持つのではないかという懸念や、ヒトの脳オルガノイドを動物の脳へ移植した場合、その動物が高次の認知能力を持つのではないかという懸念が提起されています。本研究は、既存の倫理問題にとどまらず、今後生じうる倫理問題も体系的に明らかにしており、今後それらを詳細に検討することで、最終的に科学コミュニティが遵守すべき国際的な倫理指針を作成することが期待されます。

本研究成果は、2021年3月26日に米国生命倫理学術誌「AJOB Neuroscience」でオンライン公開されました。

 

  1. 背景

近年、オルガノイド技術が著しく発展しています。オルガノイド(organoid)とは、多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞)などを用いて、臓器の形成過程を体外で模倣し、作製される三次元組織を指します。2008 年にヒトES細胞由来の三次元脳組織(脳オルガノイド)が作製されて以降、神経発生を体外で再現できることから、神経発生過程を解明する基礎研究、神経関連疾患を対象とする応用研究、また創薬などの臨床応用が期待されています。一方、技術の進展に伴い、より複雑な構造を持つヒト脳オルガノイドを作製した場合、それ自体が意識を持つのではないかという懸念や、ヒト脳オルガノイドを動物の脳へ移植した場合、その動物が高次の認知能力を持つのではないかという懸念が提起されています。こうした状況下で、脳オルガノイド研究の倫理問題が論じられ始めています。しかしこれまでは、ヒト脳オルガノイドを用いた研究や臨床応用において、将来的にどのような問題が生じうるのかが十分に明らかになっていませんでした。

2019年9月、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の澤井と理化学研究所の坂口(当時、京都大学CiRA/米・Salk研究所所属)が共著論文(<先行研究>参照)を発表した後、脳オルガノイドの作製・利用の在り方を論じるために、科学者、哲学・倫理学者、法学者から構成される国際的な研究協力体制を構築しました。本研究では研究メンバー全員が、専門性を越えた融合的見地で課題解決を目指しています。なお共同研究先には、理化学研究所、神戸大学、埼玉医科大学、カリフォルニア大学アーバイン校、カールトン大学、バルセロナ大学、香港中文大学、台北医科大学、ノースカロライナ大学チェペルヒル校が含まれます。

  1. 研究手法・成果

本研究では、脳オルガノイド研究の現状とそれに伴う倫理問題を概観した後、既存の倫理問題にとどまらず、今後の研究の進展に伴い提起されうる倫理問題を明らかにしました。その際、体外でのヒト脳オルガノイドの作製・利用、動物や人の体内におけるヒト脳オルガノイドの作製・利用、さらに研究倫理・ガバナンスという三つの観点から問題を整理しました。脳オルガノイドを用いた研究や臨床応用が提起する問題は、脳オルガノイドが意識を持つかどうか、また意識を持っているとどのようにして知るか、という意識をめぐる問題にとどまらず、脳オルガノイドの所有権、動物のエンハンスメント(能力向上)や尊厳、研究倫理上の同意取得、医学研究の枠組み、研究のガバナンス(規制枠組み)など多岐に渡ります。本研究成果は議論のスタートに過ぎませんが、検討すべき課題を適切に把握することにより、研究環境の整備に向けた今後の研究がより円滑に進むと思われます。

  1. 波及効果、今後の予定

筆者らの研究グループは、将来的な脳オルガノイドを用いた研究の在り方を論じるにとどまらず、科学者が遵守すべき倫理指針を作成したり、脳オルガノイド研究の新たな価値を創出したりするなど、課題に先回りして対応したいと考えています。こうした研究実践は、脳オルガノイド研究を適切に推進するためのより良い研究環境の整備に寄与すると期待されます。

<研究者のコメント>
通常、科学の展望を先読みすることは難しく、倫理や規制の対応はしばしば後手に回ります。こうした状況を打破するため、私たちは実際の脳オルガノイド研究を最前線で進めている研究者と協働しています。今後もこの問題に関して検討を重ね、最終的には倫理的・社会的に認められる研究、認められない研究は何かを具体的に提言したいと考えています。

<先行研究>
「培養皿内で作られるヒト多能性幹細胞由来の大脳組織(大脳オルガノイド)を用いた研究の倫理的課題について」(CiRA、2019年9月11日)

<原論文情報>
論文名:Mapping the Ethical Issues of Brain Organoid Research and Application
(脳オルガノイドの研究と臨床応用に関する倫理問題の同定)
著 者:Tsutomu Sawai, Yoshiyuki Hayashi, Takuya Niikawa, Joshua Shepherd, Elizabeth Thomas, Tsung-Ling Lee, Alexandre Erler, Momoko Watanabe, Hideya Sakaguchi
掲載誌:AJOB Neuroscience
DOI:10.1080/21507740.2021.1896603

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