いかに社会的合意形成に向けた議論を進めていくのか
新たな科学技術や医療技術が登場したり、それらに関して何らかの事件が発生したりする度に、新聞やテレビで有識者の見解を目にします。様々な見解が述べられる中で、「社会全体で議論するのが望ましい」、「専門家だけでなく、一般の人を交えて話し合うべきだ」という意見は多くの有識者に共通している印象を受けます。特に、既存の価値観に影響を及ぼしうる技術であればあるほど、その傾向は強いと言えるかもしれません。
昨年の秋に、中国でゲノム編集(*)を行った受精卵を用いて双子の女児が誕生したというニュースが報じられました。当時、これに対して、国内外の学会や学術団体が緊急声明を出したり、研究者などが意見を表明したりしました。そこでも、一般市民を含む様々な立場の人を交えた社会的な議論が必要であるという認識はおおむね共有されていたように思います。その一方で、いかにそうした議論を実現していくのかという具体案は示されていないような印象も受けました。もちろん日いかに社会的合意形成に向けた議論を進めていくのか本でも、専門家と一般市民の対話を目的とした学術イベントは各所で開催されています。しかし、誰が議論に参加するのか、どのような議題を設定して議論するのか、さらにその成果を社会やその後の議論にどのように活かしていくのか、という具体的な方法についてはほとんど顧みられていないように見受けられます。
社会的議論に向けた方法の確立という課題は、海外でも関心が高まっています。近年、ゲノム編集をテーマにこの課題に精力的に取り組んでいるのが、アリゾナ州立大学のベンジャミン・ハールバット博士(専門は生命倫理学、科学史)を中心とする研究グループです。ハールバット氏は、ヒトに対するゲノム編集の利用についても国際的に幅広く合意形成をしていく必要性を訴え、実際に共同研究者とそうした議論に向けた会議を実験的に開催しています。また、社会的合意に向けた議論をするにあたり、最初の段階で、何をどのように議論していくのかについて合意を得たうえで、話し合いを進める必要があると述べています。これは、誰が利害関係者であり何が問題であるのか、そしてどのような議論の形式で何を問うのか、という基本的事項について合意を得ることが建設的な議論の第一歩になるということです。
社会的議論の必要性は有識者を中心に共有されているところではありますが、いかにそれを実現していくのかという点に関心を向ける時期に来ているのかもしれません。
(文・上廣倫理研究部門 赤塚 京子)
*ゲノム編集:細胞の中のゲノム(=一つの生物が持っている全ての遺伝情報)の一部を書き換えることができる技術