アンケート調査を通して科学と社会の対話を考える
科学と社会の対話の重要性が認識されるにつれ、研究者と一般の方が語り合う場が増えつつあります。私もCiRAの一員として科学コミュニケーションに関するイベントをお手伝いすることがありますが、そのような場には、どちらかといえば科学への関心や期待が高い方が参加されている印象があります。裏を返せば、そもそも科学に興味がない、対話する意義がよくわからないと考える方々と、私たち研究者が言葉を交わすきっかけをつくることは、なかなか難しいように思います。
しかし、今日、私たちを取り巻く科学技術の多くは、それを必要とする当事者だけでなく、社会全体に対して影響を及ぼす可能性があります。その意味で、私たちが積極的に対話すべき相手は、科学技術の利用に肯定的な人よりもむしろ、それらに疑問や懸念を持っていたり、全く関心がないように見えたりする人かもしれません。
ところが、そうした人々の声を聞く機会はほとんどありません。たとえば、文部科学省は指針を策定したり、改正したりするタイミングで一般の方から意見(パブリックコメント)を募集していますが、そもそも政策の議論に関心がなければそのような機会があることすら知らない方がほとんどでしょう。
これまで上廣倫理研究部門では、研究プロジェクトの一環で一般の方を対象に、iPS細胞を用いた研究に関するアンケート調査を実施してきました。いずれも数百〜数千名を対象にした調査であり、回答者の科学に対する関心や知識の度合いは千差万別だということがわかっています。こうしたアンケート調査は、学術的な議論や政策の議論に貢献できる知見の提供を目的としていますが、私にとっては、科学に関心の薄い人たちの意見にも触れられる貴重な機会でもあります。
もちろん、アンケート調査は科学コミュニケーションではありません。また、私たちのような生命倫理の研究者が、アンケート結果から何らかの傾向を読み取ったとしても、「一般の方はこう考えています」と明言できるわけでもありません。しかし、アンケート調査を通して、「一般の意見」と一括りにできないほど複雑で多様な考え方が出てきたとき、それまで私たち研究者が自明視してきた考え方(科学や倫理の議論で強調されるさまざまな価値)が絶対的なものではなかったことに気づかされます。科学技術に対する多様な価値観を理解し、議論に活かそうとするアンケート調査には、現状の科学コミュニケーションの場だけでは拾いきれない声をすくい上げる役割があると感じています。
(文· 赤塚 京子 上廣倫理研究部門特定研究員)