ヒト胚へのゲノム編集(前編)
前回の八代嘉美准教授のコラムに続き、ゲノム編集に関係する倫理的問題について紹介します。2015年4 月、中国の研究グループが「ゲノム編集」と呼ばれる技術を使って、世界で初めてヒト胚の遺伝子を改変したと報告しました。将来、思いどおりの性質を持つ人間を創り出すことにもつながるため、世界の有名な学術誌や学会などが、倫理的に問題であるという立場を表明しています。
農畜産物の品種改良やバイオ燃料の開発、実験動物の作製を目的に、ヒト以外の細胞にゲノム編集を行う研究(図中A)は、すでに数多く行われています。胚以外のヒト細胞へのゲノム編集にも、期待が寄せられています(図中B)。例えば、CiRA は昨年、筋ジストロフィーの患者さん由来のiPS 細胞にゲノム編集を行い、遺伝子の異常が修復できたことを報告しました。こうした基礎研究に加え、アメリカではHIVの患者さんにゲノム編集を行った細胞を投与する臨床研究も行われています。
ヒト胚(図中C)のゲノム編集に特徴的な倫理的問題は、おおむね次の2 つに集約されます:(1)ヒト胚にゲノム編集という操作を加えることと、(2)その胚から人ひとり創り出す可能性があることです。ヒトの胚は、子宮に戻せば、わたしたちと同じ人として成長する存在です。冒頭で触れた中国のグループも、核の異常により成長しないことがあらかじめ分かっているヒト胚を研究に用いることで、倫理的問題を回避しようとしました。
ただし、ヒト胚を操作したり研究に利用したりする行為自体は、必ずしも禁じられていません。ヒト胚を壊して作るES 細胞の研究がその代表例です。ヒト胚へのゲノム編集が、基礎研究として、病気の解明や治療法の開発に役立たないとも言い切れません。そのため、ヒト胚にゲノム編集を行う行為だけに限ると、禁止する理由はないという意見や、人を創ることに近づく以上、禁止すべきだという意見などがあり、見解が分かれています。一方、ゲノム編集した胚を子宮に戻して人を創り出すことについては、多くの研究者が反対しています。ゲノム編集した胚から人を創り出すことの倫理的問題は、次回に紹介します。
(文:藤田みさお 上廣倫理研究部門准教授)