CiRAニュースレターvol.24
2016年1月27日発行
藤田 みさお 准教授

ヒト胚へのゲノム編集(後編)

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前回のコラムでは、ヒト胚のゲノム編集に特徴的な倫理的問題として、(1)ヒト胚にゲノム編集という操作を加えることと、(2)その胚から人ひとり創り出す可能性があることの2 つを指摘しました。今回は特に、後者に関する主な議論を4 つ紹介します。

1)生まれてくる子供へのリスク:ヒト胚へのゲノム編集はまだ、安全性が確立したものではありません。そのような技術を使って、予想していなかった病気や障害が生じた場合に、生まれてきた子供は納得できるのか、誰がその子供の人生に責任を負えるのか、といった問題が生じます。

2)社会での差別や格差:遺伝的な病気を持つヒト胚を、ゲノム編集を加て治療すれば、健康な子供を産むことが可能になるかもしれません。一部の人々には、切実なニーズがあることでしょう。しかし、障害を持つ人が生きづらい社会になる、「親なら治療すべきでは」というプレッシャーが生じる、治療を受けられる人と受けられない人とで格差が広がる、といった反対意見も予測されます。

3)デザイナーベイビーの可能性:ゲノム編集を利用すれば、生まれてくる子供の目や肌の色、能力、性格を思いどおりに「デザイン」できるようになるかもしれません。ただ、そうした子供の特徴をどこまで親が決めてよいのでしょうか。また、心身の痛みを感じない兵士やオリンピックで勝てる筋肉を持ったアスリートを創るなど、技術の濫用が行われないとも限りません。

4)次世代への影響:ヒト胚に加えられた遺伝子の改変は、世代を超えて影響が残ります。例えば、遺伝子を改変された人々の人口が増え、想定外の病気や障害が集団的に生じた場合、遺伝的な影響を後から取り除くことは極めて困難になります。未来の世代がコントロールできないものを、わたしたちの世代が生み出してもよいのでしょうか。

米科学アカデミー等は、2015 年12 月3 日、ゲノム編集を加えた胚を子宮に戻して人を創り出すことは「現時点で無責任」と声明を出しました。しかし、今後、技術がさらに進めば、社会としてこの一線を超えるのか、わたしたちは再度問われることになるでしょう。