CiRAニュースレターvol.51
2022年10月24日発行
藤田 みさお 教授

胞衣(えな)納めと最先端の科学

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写真は京都市内にある胞衣(えな)塚です。胞衣とは出産後に排出される胎盤、さい帯(へその緒)、胎児を包む膜等の総称です。写真①の朱色の柵に囲まれた石の下には学問の神様、菅原道真のへその緒が埋められていると伝えられています。写真②の石碑は源義経の生誕地跡で、奥にある松の下にへその緒が埋められているそうです。日本には古来より生まれた子供の分身、あるいは霊力を持つ存在として胞衣を大切に扱って埋める「胞衣納め」と呼ばれる慣習がありました。最古の記載は『日本書紀』といわれています。

ところが、江戸時代後期にコレラが流行し、明治時代に西洋医学が導入されると、社会の衛生観念が変わり始めます。慣習に従って、住居の周囲、河川や山野に胞衣を埋めることは衛生的に有害とみなされ、明治から大正時代にかけて、各地に胞衣の取扱いを定めた規則ができました。現在では、胞衣を回収し処理する業者の許可または届け出や処理施設の設置条件を定めた、いわゆる「胞衣条例」が8都道府県に存在します。この他、独自の条例を持つ市町村もあります。

京都府の胞衣条例は、墓地、火葬場または取扱所以外で胞衣を埋没、焼却することを禁じています。しかし、例外として「医師、歯科医師、獣医師、薬剤師又は助産師が保存、学術の研究又は製薬の目的をもって特種な方法により胞衣を処置しようとする場合」、知事に申請をすれば許可することがあるとしています。実は、CiRAでは提供者の同意を得て病院から胞衣をいただき、研究に用いることがあります。京都府に問い合わせたところ、実験後の胞衣を滅菌して適切に処置する場合、条例上「通常の方法」と解釈されるので条例自体が適用されません、とのことでした。

しかし、これはあくまで京都府の場合です。国内には胞衣条例がある地域とない地域があり、条例の内容(や胞衣の定義さえ)も少しずつ異なります。おそらく胞衣を処理する方法や場所が地域毎に異なって伝わっていたからと思われます。そのため、京都府の研究者が他の地域の研究者と胞衣を授受する際には、その地域の条例も一応確認する必要があるでしょう。少し煩雑ですが、古来の慣習が最先端の科学に影響を及ぼしていることにとても興味を覚えます。

 

  

①菅原道真の胞衣塚(京都市南区)

②源義経の胞衣塚(京都市北区)

 

(文· 藤田 みさお 上廣倫理研究部門教授)