アメリカの一般市民を対象にした動物性集合胚研究に関する意識調査についての論文がStem Cell Reports誌に掲載されました。

藤田みさお教授(CiRA上廣倫理研究部門、京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点)の研究グループはウォルター・ロー教授(ミネソタ大学)の研究グループとの国際共同研究として、アメリカの一般市民を対象にした動物性集合胚研究注1)に関する意識調査を実施し、半数を上回る回答者がヒトの臓器を持つキメラ動物注2)を産出した後、その臓器を人に移植することに賛成したことを明らかにしました。

本研究成果は、2020年10月1日に米国科学誌「Stem Cell Reports」でオンライン公開されました。

本調査では、藤田教授らが日本の一般市民と研究者を対象に実施した意識調査で用いた質問紙を用いて、2018年7月と2020年6月、アメリカの一般市民430名を対象に、動物性集合胚研究をどこまで認めるのかを尋ねました。その結果、ブタの胚にヒトiPS細胞を注入すること(第1段階)に対して8割を超える回答者が、ヒトの膵臓を持つキメラブタを生み出すこと(第2段階)に対して約7割の回答者が、さらにその膵臓を人に移植すること(第3段階)に対して約6割の回答者が認めることが明らかになりました(図参照)。動物性集合胚研究に対するこうしたアメリカ一般市民の許容度は、藤田教授の研究グループが以前に調査した日本の一般市民の許容度(「ヒトiPS細胞を用いた動物性集合胚研究に関する一般市民および研究者の意識調査」)よりも、高いことが分かりました。

図 動物性集合胚研究の説明

 

日本では2019年に動物の胚にヒト多能性細胞を注入してキメラ動物を作製する(第2段階)ための国のガイドラインが作られました。しかし2015年以降、アメリカの国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)は、動物の胚にヒト多能性細胞を注入する研究に対して連邦政府の助成金を配分することを一時停止しています。この規制の根拠は明らかにされていませんが、動物性集合胚研究による「動物のヒト化」、すなわち、同研究の過程で動物の脳にヒトの細胞が分化し、動物がヒトのような認知機能を獲得するのではないかとする懸念が要因の一つと言われています。NIHは1年間の検討期間を経て、翌2016年、助成金の配分を再開する方向で指針案をまとめ、パブリックコメントを実施しましたが、その後、現在に至るまで指針改正は行われていません。

論文では、アメリカの一般市民の多くが動物性集合胚研究に賛成しているという本調査結果、ならびに動物の脳にヒトの細胞が含まれる従来のキメラ研究でも動物のヒト化は生じていないという科学論文のレビュー結果を踏まえ、NIHは研究規制を緩和すべき時期に差し掛かっていると論じました。

 
 

<原論文情報>
論文名:The American Public is Ready to Accept Human-Animal Chimera Research
著 者:Andrew T. Crane1, Francis X. Shen, Jennifer L. Brown, Warren Cormack, Mercedes Ruiz-Estevez, Joseph P. Voth, Tsutomu Sawai, Taichi Hatta, Misao Fujita, Walter C. Low
掲載誌:Stem Cell Reports

詳しくはこちら:CiRAホームページ

 

用語説明

注1) 動物性集合胚
多細胞生物の個体発生過程において、受精卵が分裂を開始してある程度経った段階までの、ごく初期の段階にあるものを胚という。特に動物の胚にヒトの細胞(iPS細胞やES細胞など)を注入したものを動物性集合胚と呼んでいる。

注2) キメラ動物
同一個体内で異なるゲノム(遺伝情報)を持つ細胞が混ざっている状態の個体をキメラという。例えば、iPS細胞やES細胞を初期胚に移植して作製したマウスのことをキメラマウスという。