新型コロナウイルス感染症流行下における未査読論文の公開動向に関する論文がJournal of Epidemiology誌に掲載されました。

井出和希 特定助教(CiRA上廣倫理研究部門)、藤田みさお 特定教授(CiRA同部門、京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点)らは、静岡県立大学などの研究者との共同研究として、新型コロナウイルス感染症に関連する未査読論文(プレプリント注1)が、2020年9月末までに16,000報以上公開されていることを示し、併せて、情報源として使用する際のガイドラインの必要性について言及しました。

本研究成果は、2020年11月7日に「Journal of Epidemiology」誌でオンライン公開されました。

プレプリントは、投稿から公開までの期間が数日と短く、知見を迅速に共有する上で有用です。一方、その内容が十分に精査されず、公衆衛生学的な取り組みや報道の根拠とされてしまうことが問題となっています。本論考では、主要なプレプリントサーバ注2)を対象として、新型コロナウイルス感染症に関わるプレプリントの数の経時的な変化(公開動向)を分析しました。結果、その数は爆発的に増えており、9月末時点で16,066報に及びました(図を参照)。加えて、少数ではあるものの、取り下げられたプレプリントもありました。そして、あくまで一例ではありますが、中国における感染症の拡がりについて分析したプレプリントの取り下げは、他の査読付き学術論文の内容や研究機関等の発信するレポートの内容にも影響を及ぼしていました。  

査読付き学術論文の多くは、取り下げられた場合にその痕跡が半永久的にウェブ上に残ります。そして、出版された論文そのものにも取り下げの印(Retraction notice)が付され、一目で取り下げられたことが分かるように工夫されています。一方、プレプリントにおいては、取り下げから一定期間を経たのちに原稿そのものが削除されるものやダウンロード後の原稿からは取り下げられたものであるかどうかが判断できないものもあります。  

出版倫理に関わる国際的な団体であるCommittee on Publication Ethics(COPE)は、2018年にプレプリントに関するディスカッションペーパーを公開しました。そのなかでは、原稿の確認作業や公開後の修正について述べられています。そして、プレプリントサーバの提供者だけでなく、著者や出版社といった各ステークホルダーに対する提言も為されています。しかしながら、現在のところ具体的な指針の策定やプラットフォームを跨いだハーモナイゼーションは進んでおりません。私たちの論考では、情報を利用する側の留意も含め、今後、そのような取り組みが一層重要となるであろうことを示しました。

 

図1:2020年1月-9月までに公開されたプレプリントの数(累積)※
※論文(Figure 1)より改変

 
 

<原論文情報>
論文名:Guidelines are urgently needed for the use of preprints as a source of information
著 者:Kazuki Ide, Hitoshi Koshiba, Philip Hawke, Misao Fujita
掲載誌:Journal of Epidemiology

詳しくはこちら:CiRAホームページ

 

用語説明

注1) プレプリント
専門家による審査(ピアレビュー)を受ける前の学術論文である。

注2) プレプリントサーバ
プレプリントを公開するためのプラットフォームのこと。本論考においては、主要なプレプリントサーバとして、arXiv、ChemRxiv、medRxiv、bioRxiv、Social Science Research Network(SSRN)、Preprints with The Lancet(SSRNの一部であるが、医学系研究に焦点を絞ったプラットフォームであるため区分した)を分析の対象とした。